05 // 終章 常となる日々

見渡す限りの青空が広がる下。冬も本腰を入れて空気を冷やし始め、人の世は見かけよりも寒々しい毎日が続いていた。
そんな中、藤田源次郎が切り盛りする寺、翠禅寺(すいぜんじ)の境内では、盛大な焼き芋大会が繰り広げられていた。――――ただし、ひどく内輪の者だけで、ではある。
『殿っ、そちらの芋は私が丹念に焼いたものですぞ! 横取りするとは、いささか大人げがなさすぎまする』
「るせぇ、だまらっしゃい。殿とちゃう、四郎や」
ぴょんぴょんと跳ねながら「げこげこ」と騒ぐ大蛙を軽くあしらいながら、四郎は悠々とこんがりと焼けた芋を枯葉の中から取り出した。
焼き芋特有のあったかい、ほっこりとした香りが境内の中にふわ、と広がる。この温かさがたまらない。
『ひどぅございます、殿〜』
「し・ろ・う」
なおも諦めきれずに足の周りで跳ね回るななしを見ながら、四郎は渡してなるものか、と焼き芋をさした串を高く掲げる。
そんな二人の様子を眺めて、寺の住職、源次郎は呆れたように息を吐いた。手元に抱えるようにしてもった熱々の日本酒をたしなみながら、孫に向かって頬をにやにやと緩ませながら話しかける。
「四郎。おまえ、随分変わったもんに懐かれちまったもんやなぁ、おい。この俺が老人会の観光ツアーに行ってる間によう、ああ?」
「……別に好きでとちゃうわ。そもそもじいちゃんが頻繁にそこら中に飛び回るから、寺にこんなもんが入り込んでくるんやで」
「だから留守はおまえに任せてあるやろうが。適当に付き合うのもわるいとは言わんがな。てめえのケツはてめえで拭けや。つまらんもんに関わってばかりするんやないぞ」
「あー、わかってるて」
少し神妙な調子で呟いた言葉にも、孫はうるさげに答えるのみで焼き芋に夢中だ。
可愛げなく育ちやがって、と思いながらも、両側が見える世界で生きるこの孫が、こんなにも楽しそうに暮らしていることが、源次郎には嬉しい。それは例えその孫が自分で選んだことで危ない目にあおうが、廃墟についた妖魔と芋を取り合っていようが、変わらないことなのだ。
「あ、てめっ、ななし!」
ふと、隙をついて大蛙が四郎の芋を奪ったらしい。すばやく境内を駆け抜ける蛙を追って、四郎がそれを追い詰める。
「なんやねん、お前もう、そういうことするんやったらあの廃墟に帰れっ」
『帰ってござる! 夜はきちんと、住処に帰ってござるよ』
「何が夜にはや。人間くさいこと言うな、気持ち悪い。大体もういま冬やろが。蛙は蛙らしゅうして、冬眠せんかい」
『差別ですぞ、殿! 蛙には蛙の自由というものがございましてですな』
「ええから芋返せや、あほ」
「あー、もうおまえらやめんか、低次元な争いはぁ」
境内の中に賑々しく響く馬鹿騒ぎに、源次郎は苦笑して妥協案を投げかける。
「ほれ、そこのななしとかいう坊主。ここにもっとでかいのんがあるぞ、ほれ」
落ち葉の中を火箸で掻き分け、新しく熱々の芋を掘り出してやると、呼ばれたななしは一目散にその芋に向かった。
ななしが一気に投げ捨てた自分の芋を慌ててキャッチしながら、四郎がまた何かを怒鳴る。

――――騒がしい真昼間だ。少しばかり普通とは違う。けれど、藤田家のいつもの午後であった。